だらだらと。
----------------------------------------------------
それから三日後、事件は起きました。
「説明しろ」
苛立たしさを隠そうともせず、一吾が木下に言い放ちます。組の人間が十人ほど集められた部屋に、和己もいました。
「…街で、本当に偶然、下総組の長男坊と出くわしたんです。向こうが声をかけてきて、暫く慎吾さんと二人で話をしたいと」
九十度に腰を折ったまま話し始める木下は顔色を失っていました。
「どうしてだ。慎吾と面識なんて殆ど無えだろ」
「はい。恐らく一、二回、どこかで顔を合わせたぐらいだと。しかし向こうは覚えていたようで。妙にしつこい様子だったので目立つのも嫌だと思ったのか、慎吾さんは言う通りに近くのカフェに入ったんです。向こうの連れも、私も暫く表で待っていろと」
しかし三十分経っても二人は出て来ず、様子を伺いに店内に入った所、姿が無かったという。向こうの舎弟二人も慌てた様子で携帯を鳴らしたようだったが繋がらず、慎吾の方も同様だったと言います。そして今になっても、連絡は取れないままでした。二人を見失ってから既に、四時間が経過している事になります。
「何故気付かなかった」
木下の額にはうっすら汗が滲んでいました。側に付いていながら見失い、もしも慎吾の身に何かあったとなれば、ただでは済みません。ケジメを取るのがこの世界の常識でした。
「通りに面していたカフェだったのですが、出口が路地側にもう一つあり、そこから出たのだと」
「一吾さん、どうします」
一吾の一番古株である舎弟の一人が、声をかけます。
「親父にはまだ言わない方がいいだろう。もう一度近辺を探せ。…それから下総に連絡を入れる」
携帯を取り出し、いくつかボタンを押すと、耳に当てます。と、その時一人の組員が足早に部屋に入ってきました。
「下総組組長が直々に、今、来られてます」
携帯をパタンと閉じると、「すぐに通せ」と短く言い捨てました。
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それから三日後、事件は起きました。
「説明しろ」
苛立たしさを隠そうともせず、一吾が木下に言い放ちます。組の人間が十人ほど集められた部屋に、和己もいました。
「…街で、本当に偶然、下総組の長男坊と出くわしたんです。向こうが声をかけてきて、暫く慎吾さんと二人で話をしたいと」
九十度に腰を折ったまま話し始める木下は顔色を失っていました。
「どうしてだ。慎吾と面識なんて殆ど無えだろ」
「はい。恐らく一、二回、どこかで顔を合わせたぐらいだと。しかし向こうは覚えていたようで。妙にしつこい様子だったので目立つのも嫌だと思ったのか、慎吾さんは言う通りに近くのカフェに入ったんです。向こうの連れも、私も暫く表で待っていろと」
しかし三十分経っても二人は出て来ず、様子を伺いに店内に入った所、姿が無かったという。向こうの舎弟二人も慌てた様子で携帯を鳴らしたようだったが繋がらず、慎吾の方も同様だったと言います。そして今になっても、連絡は取れないままでした。二人を見失ってから既に、四時間が経過している事になります。
「何故気付かなかった」
木下の額にはうっすら汗が滲んでいました。側に付いていながら見失い、もしも慎吾の身に何かあったとなれば、ただでは済みません。ケジメを取るのがこの世界の常識でした。
「通りに面していたカフェだったのですが、出口が路地側にもう一つあり、そこから出たのだと」
「一吾さん、どうします」
一吾の一番古株である舎弟の一人が、声をかけます。
「親父にはまだ言わない方がいいだろう。もう一度近辺を探せ。…それから下総に連絡を入れる」
携帯を取り出し、いくつかボタンを押すと、耳に当てます。と、その時一人の組員が足早に部屋に入ってきました。
「下総組組長が直々に、今、来られてます」
携帯をパタンと閉じると、「すぐに通せ」と短く言い捨てました。
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長かった法要がようやく終わり、一吾達と共に車に乗り込むと、少しだけ溜息をもらしていました。
「疲れたか」
「あ、すみません。…やっぱり慣れない場所で」
「まぁ、そうだな。…話しかけられてたな、下総組の…」
「はい。正直、何を喋ったのか殆ど覚えてません」
疲労が色濃く出た顔を片手で覆う和己に、失礼な事をしてなければ大丈夫だと、一吾は事も無げに言います。
屋敷に着くとすかさず車から降り、先回りして後部座席のドアを空け、頭を下げつつ一吾を外へと導きます。段々とこういった所作も身に付くようになってきていました。玄関では出迎えた舎弟によって塩を軽く撒かれ、ようやく邸内へと入りました。
「今日はもう疲れただろ。休んでていいぞ。他の奴に今日は任せる」
と一吾に有り難い言葉を貰い、ほっとして自室の扉を開けると、そこに居たのは慎吾でした。昼間から慎吾が自分の部屋を訪れる事は無かった為、暫し呆然とします。一方の慎吾は「おお~」なんて少し興奮気味に和己を上から下まで眺めるのでした。
「いや法事に行ったって聞いたからさ、待ってたんだよ。やっぱ良いよなぁ~、喪服」
そういう事か…とつい溜息が出てしまいます。以前、スーツが良いと言っていたのを思い出しました。
「そりゃ不謹慎だろ」
言いつつネクタイを外そうとすると、慎吾が慌てたように静止します。
「オレが外すから!っつか、そうじゃねーと意味ねーだろ。その為に待ってたんだからさぁ」
「いやお前…」
言うのも疲れてベッドに腰を下ろします。
「疲れたんだよ。極度の緊張強いられてさ。正直、今すぐにでも着替えて横になりたい。んで寝たい。一吾さんにも今日は休んでいいって言われたんだよ」
「休みなら余計にイイじゃねーかよ」
「いや無理だ。何ていうか精神的に疲れた」
そのまま本当は横になりたいと思いつつも、高い喪服に皺が入ると思うとそれも出来ません。
「とりあえず、脱がせるなら脱がしてくれ。じゃないと横にもなれねえ」
そういうと慎吾は仕方ねぇなあ、なんて言いながら明らかにテンションの上がった様子でネクタイを外し始めました。しかしやたらと勿体をつけるので時間がかかってしょうがありません。ジリジリしつつもようやくズボンが下ろされると、すかさずタンスまで歩いて行き、適当な部屋着を取り出し、身につけます。
「ちょっとさ、それってどうよ。せっかく脱がしたのに」
ぶうぶう文句を言う慎吾を無視してすかさずベッドに倒れこみます。
「つか何その服。ダセエ」
和己は、ロンTにスウェットという格好でした。しかしそのロンTが、竜が派手な色で全面にプリントされた、いかにもな柄だったのでした。
「仕方ねえだろ…久保さんがくれたんだよ…」
睡魔に半分程は身を預けるような状態で、辛うじてそう返しました。和己が島崎組に来てから暫く経った頃、会社でも働き、土日は至って真面目に仕事(主に家事)をこなし、言う事にも素直に従う様子を見、兄貴分である久保は少し好感を持ってくれたようでした。
「オレあんま着てねえからよ」
そう言って、いくつかの私服を譲ってくれたのです。その事自体はうれしかったのですが、どれも趣味が良いとは言い難い、有体に言えばチンピラそのものの派手で着辛いものばかりだったのでした。かといってまさか着ないわけにも行きません。というわけで、部屋着だと思うことにし、時々は身につけるようになりました。また、着ているうちに抵抗が無くなってくるのが不思議な所です。
「なぁ~、本当に寝るのかよ」
不満そうな慎吾の声が頭の隅にこだまします。辛うじて残っていた意識を総動員し、和己は手招きをしました。そうして身体を少しずらし、空いた布団の隣をぽすぽすと叩くと、慎吾は寄ってきて同じように横になりました。「起きたらちゃんと相手しろよな」と小声で零したのを聞いたが最後、和己は完全に意識を手放したのでした。
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>今日はモーニングの立ち読みしてきました。
宇宙/兄/弟は、こういうトコまで進んでるのね、と。
兄弟はじめ、登場人物に味があってイイです。日々/人可愛い。兄貴可愛い。
アポも良い感じに使われてます。
それと、社長島/耕/作、意外に面白そうだったかも…
最終的にはやはり会長になるんでしょうか。あんまりする事無さそうなイメージなんですが。
長かった法要がようやく終わり、一吾達と共に車に乗り込むと、少しだけ溜息をもらしていました。
「疲れたか」
「あ、すみません。…やっぱり慣れない場所で」
「まぁ、そうだな。…話しかけられてたな、下総組の…」
「はい。正直、何を喋ったのか殆ど覚えてません」
疲労が色濃く出た顔を片手で覆う和己に、失礼な事をしてなければ大丈夫だと、一吾は事も無げに言います。
屋敷に着くとすかさず車から降り、先回りして後部座席のドアを空け、頭を下げつつ一吾を外へと導きます。段々とこういった所作も身に付くようになってきていました。玄関では出迎えた舎弟によって塩を軽く撒かれ、ようやく邸内へと入りました。
「今日はもう疲れただろ。休んでていいぞ。他の奴に今日は任せる」
と一吾に有り難い言葉を貰い、ほっとして自室の扉を開けると、そこに居たのは慎吾でした。昼間から慎吾が自分の部屋を訪れる事は無かった為、暫し呆然とします。一方の慎吾は「おお~」なんて少し興奮気味に和己を上から下まで眺めるのでした。
「いや法事に行ったって聞いたからさ、待ってたんだよ。やっぱ良いよなぁ~、喪服」
そういう事か…とつい溜息が出てしまいます。以前、スーツが良いと言っていたのを思い出しました。
「そりゃ不謹慎だろ」
言いつつネクタイを外そうとすると、慎吾が慌てたように静止します。
「オレが外すから!っつか、そうじゃねーと意味ねーだろ。その為に待ってたんだからさぁ」
「いやお前…」
言うのも疲れてベッドに腰を下ろします。
「疲れたんだよ。極度の緊張強いられてさ。正直、今すぐにでも着替えて横になりたい。んで寝たい。一吾さんにも今日は休んでいいって言われたんだよ」
「休みなら余計にイイじゃねーかよ」
「いや無理だ。何ていうか精神的に疲れた」
そのまま本当は横になりたいと思いつつも、高い喪服に皺が入ると思うとそれも出来ません。
「とりあえず、脱がせるなら脱がしてくれ。じゃないと横にもなれねえ」
そういうと慎吾は仕方ねぇなあ、なんて言いながら明らかにテンションの上がった様子でネクタイを外し始めました。しかしやたらと勿体をつけるので時間がかかってしょうがありません。ジリジリしつつもようやくズボンが下ろされると、すかさずタンスまで歩いて行き、適当な部屋着を取り出し、身につけます。
「ちょっとさ、それってどうよ。せっかく脱がしたのに」
ぶうぶう文句を言う慎吾を無視してすかさずベッドに倒れこみます。
「つか何その服。ダセエ」
和己は、ロンTにスウェットという格好でした。しかしそのロンTが、竜が派手な色で全面にプリントされた、いかにもな柄だったのでした。
「仕方ねえだろ…久保さんがくれたんだよ…」
睡魔に半分程は身を預けるような状態で、辛うじてそう返しました。和己が島崎組に来てから暫く経った頃、会社でも働き、土日は至って真面目に仕事(主に家事)をこなし、言う事にも素直に従う様子を見、兄貴分である久保は少し好感を持ってくれたようでした。
「オレあんま着てねえからよ」
そう言って、いくつかの私服を譲ってくれたのです。その事自体はうれしかったのですが、どれも趣味が良いとは言い難い、有体に言えばチンピラそのものの派手で着辛いものばかりだったのでした。かといってまさか着ないわけにも行きません。というわけで、部屋着だと思うことにし、時々は身につけるようになりました。また、着ているうちに抵抗が無くなってくるのが不思議な所です。
「なぁ~、本当に寝るのかよ」
不満そうな慎吾の声が頭の隅にこだまします。辛うじて残っていた意識を総動員し、和己は手招きをしました。そうして身体を少しずらし、空いた布団の隣をぽすぽすと叩くと、慎吾は寄ってきて同じように横になりました。「起きたらちゃんと相手しろよな」と小声で零したのを聞いたが最後、和己は完全に意識を手放したのでした。
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>今日はモーニングの立ち読みしてきました。
宇宙/兄/弟は、こういうトコまで進んでるのね、と。
兄弟はじめ、登場人物に味があってイイです。日々/人可愛い。兄貴可愛い。
アポも良い感じに使われてます。
それと、社長島/耕/作、意外に面白そうだったかも…
最終的にはやはり会長になるんでしょうか。あんまりする事無さそうなイメージなんですが。
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「おう、初めて見る顔だな。新入りか?」
厳かに法要が執り行われた後、部屋を変えて行なわれた会食会が進む中、末席でちびちびとビールを啜っていた和己に、声をかける男性がありました。どこぞの組の幹部や組員連中に忙しなく杓をしてまわり、改めて会社の新年会などとは全く違う緊張感に晒されながらもようやく自分の席に落ち着いたと思いきや今度は声を掛けられて、どうにも落ち着けない時間でした。
「島崎組の河合と申します」
「珍しいなぁ。島崎さんが新入り入れるとはな。よっぽど見込まれたのか?」
複雑すぎる事情はとても話せないので、「そんなわけでは…」と恐縮しつつも言葉を濁すしか出来ません。
「まあまあ、硬くなるな兄弟」
と、空いていた隣の座布団にどっかりと座るその男はガタイが良く、年のころは五十といった所でした。しかし何より、大物臭が漂う鷹揚さに腰が引けそうになります。そのままとっくりを傾けられ慌てて杯を差し出し、すぐに返杯します。この調子では今日はどれだけ飲む事になるのだろうと内心思いつつ、酒に弱くなくてよかったと安堵します。この世界は、酒に弱いようではやっていけないようでした。
「島崎さんは安泰だろう?一吾さんは立派な跡継ぎだし、次男の…慎吾君か。ウチの馬鹿息子に比べたら雲泥の差だ」
この一言で、組長らしい事が察せられ、慌てて座ったまま後ずさりし、入ったばかりの未熟者で誰かを知らなかった旨を平伏しつつ詫びます。色んなところから嫌な汗が流れっぱなしでした。
「いやいや、遅れたが下総組をな、やってるモンだ」
ほらもう一杯、と更にとっくりを差し出され、恐れおののきつつも飲み下します。もはや酒の味も分からなくなっているのでした。
----------------------------------------------------
和さんと慎吾が出てる意外はもはや唯のオリジナルになっちゃってますよね・・・。
>今月の振りが立ち読みできました。ジャイ/キリは5~7巻読みました。1巻から読みたい…。絵柄が結構かわいいですね。ミニになった時とか。
モー/ニングの事は忘れてました。
「おう、初めて見る顔だな。新入りか?」
厳かに法要が執り行われた後、部屋を変えて行なわれた会食会が進む中、末席でちびちびとビールを啜っていた和己に、声をかける男性がありました。どこぞの組の幹部や組員連中に忙しなく杓をしてまわり、改めて会社の新年会などとは全く違う緊張感に晒されながらもようやく自分の席に落ち着いたと思いきや今度は声を掛けられて、どうにも落ち着けない時間でした。
「島崎組の河合と申します」
「珍しいなぁ。島崎さんが新入り入れるとはな。よっぽど見込まれたのか?」
複雑すぎる事情はとても話せないので、「そんなわけでは…」と恐縮しつつも言葉を濁すしか出来ません。
「まあまあ、硬くなるな兄弟」
と、空いていた隣の座布団にどっかりと座るその男はガタイが良く、年のころは五十といった所でした。しかし何より、大物臭が漂う鷹揚さに腰が引けそうになります。そのままとっくりを傾けられ慌てて杯を差し出し、すぐに返杯します。この調子では今日はどれだけ飲む事になるのだろうと内心思いつつ、酒に弱くなくてよかったと安堵します。この世界は、酒に弱いようではやっていけないようでした。
「島崎さんは安泰だろう?一吾さんは立派な跡継ぎだし、次男の…慎吾君か。ウチの馬鹿息子に比べたら雲泥の差だ」
この一言で、組長らしい事が察せられ、慌てて座ったまま後ずさりし、入ったばかりの未熟者で誰かを知らなかった旨を平伏しつつ詫びます。色んなところから嫌な汗が流れっぱなしでした。
「いやいや、遅れたが下総組をな、やってるモンだ」
ほらもう一杯、と更にとっくりを差し出され、恐れおののきつつも飲み下します。もはや酒の味も分からなくなっているのでした。
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和さんと慎吾が出てる意外はもはや唯のオリジナルになっちゃってますよね・・・。
>今月の振りが立ち読みできました。ジャイ/キリは5~7巻読みました。1巻から読みたい…。絵柄が結構かわいいですね。ミニになった時とか。
モー/ニングの事は忘れてました。
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「和己、一緒に来い」
あれから一週間後の日曜日、今度は一吾に誘われました。誘われたとは言っても、舎弟としての仕事の一環です。言われるがまま、黒塗りの高級車の後部座席に一吾と共に乗り込みます。唐突で、一体何処に向かうのかと問うと、島崎組傘下の組の一つだという答えが返ってきました。
「先代の三回忌だ。今じゃウチ関係では一番古い組だからな。こういう冠婚葬祭は大事な行事なんだ」
そんな行事に下っ端の自分などが言っていいのだろうかと不安に思うものの、それよりも身に着けている衣服がごくラフな格好である事に焦ります。気がつけば運転席と助手席の人間も、そして一吾もビシっと喪服で決めているのでした。
「スーツは途中で買ってやる」
戸惑いつつも、頭を下げて礼を言う事は忘れません。
立ち寄ったスーツ店は明らかに敷居が高そうで落ち着かない和己でしたが、あれよあれよという間に採寸され、その場で丈を合わせたスーツを手渡され、そのまま試着室で身に着けると、すぐに車は発進しました。和己は改めて恐縮しつつも例を言います。
「慎吾の機嫌はどうだ」
「え?」
「メシの時にグダグダ煩かったんだ。直ったか」
「は、はい…」
どういう顔をしていいやら分からず、助手席のシートを見つめて固まったまま答えます。
「仕事は。会社と組と、慣れたか」
「…まだまだ、至らないですが。何とか」
「三ヶ月足らずじゃなぁ。でもまぁ、大変だろ。会社員と組員の二足のワラジだからな」
「…一吾さんは、今は組だけなんですか?」
物を訊ねるのにも気を使います。野球部での上下関係を思い出しますが、それよりも更に緊張感を強いられているのは確かです。
「まあな。ただ最近は勉強させられてはいるから、会社に関してはお前らのが先輩だ」
勉強と考えて思い出すのは、かつて慎吾についていたというオカマ家庭教師でした。一吾もやはり同様なのかと考える一方で、島崎組と島崎ホールディングスの両立について考えます。
車はやがて大きな屋敷の前に着きました。ドアを和己が開けると、一吾が降り立ちます。屋敷は島崎組程ではないものの、立派な日本家屋でした。屋敷の周りには既に到着している車がぐるりと囲むように何台も停まっていました。更に門をくぐり、家屋に入り、大きな広間へ通されるとそこにはコワモテの人間が何十人も所狭しと座っていました。さすがに緊張しない訳がありません。自然に表情がこわばる和己に、「別に何もする事はねえからただ座ってろ。直終わる」と一吾が声をかけるのでした。
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「和己、一緒に来い」
あれから一週間後の日曜日、今度は一吾に誘われました。誘われたとは言っても、舎弟としての仕事の一環です。言われるがまま、黒塗りの高級車の後部座席に一吾と共に乗り込みます。唐突で、一体何処に向かうのかと問うと、島崎組傘下の組の一つだという答えが返ってきました。
「先代の三回忌だ。今じゃウチ関係では一番古い組だからな。こういう冠婚葬祭は大事な行事なんだ」
そんな行事に下っ端の自分などが言っていいのだろうかと不安に思うものの、それよりも身に着けている衣服がごくラフな格好である事に焦ります。気がつけば運転席と助手席の人間も、そして一吾もビシっと喪服で決めているのでした。
「スーツは途中で買ってやる」
戸惑いつつも、頭を下げて礼を言う事は忘れません。
立ち寄ったスーツ店は明らかに敷居が高そうで落ち着かない和己でしたが、あれよあれよという間に採寸され、その場で丈を合わせたスーツを手渡され、そのまま試着室で身に着けると、すぐに車は発進しました。和己は改めて恐縮しつつも例を言います。
「慎吾の機嫌はどうだ」
「え?」
「メシの時にグダグダ煩かったんだ。直ったか」
「は、はい…」
どういう顔をしていいやら分からず、助手席のシートを見つめて固まったまま答えます。
「仕事は。会社と組と、慣れたか」
「…まだまだ、至らないですが。何とか」
「三ヶ月足らずじゃなぁ。でもまぁ、大変だろ。会社員と組員の二足のワラジだからな」
「…一吾さんは、今は組だけなんですか?」
物を訊ねるのにも気を使います。野球部での上下関係を思い出しますが、それよりも更に緊張感を強いられているのは確かです。
「まあな。ただ最近は勉強させられてはいるから、会社に関してはお前らのが先輩だ」
勉強と考えて思い出すのは、かつて慎吾についていたというオカマ家庭教師でした。一吾もやはり同様なのかと考える一方で、島崎組と島崎ホールディングスの両立について考えます。
車はやがて大きな屋敷の前に着きました。ドアを和己が開けると、一吾が降り立ちます。屋敷は島崎組程ではないものの、立派な日本家屋でした。屋敷の周りには既に到着している車がぐるりと囲むように何台も停まっていました。更に門をくぐり、家屋に入り、大きな広間へ通されるとそこにはコワモテの人間が何十人も所狭しと座っていました。さすがに緊張しない訳がありません。自然に表情がこわばる和己に、「別に何もする事はねえからただ座ってろ。直終わる」と一吾が声をかけるのでした。
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「和己」
冷たい眼光と差し出された手にふらふら寄りそう和己に、慎吾はのしかかるように抱きつきました。匂いを嗅ぎ、首筋にキスを落とし、うなじを撫で、耳元で囁きました。
「嘘だって。命令とか…」
嘘。嘘。和己は何度か慎吾の言葉を反芻しました。
「お前の部屋に行ったの三日前だろ。でもそん時疲れ果てて殆ど寝てただろ。ろくに触れてねーし、若干イライラきてたんだよ」
身体を離し、顔を見ると、そこにいるのはいつもの慎吾でした。しかし先程の冷たさを帯びた姿がどうにも頭を離れません。舎弟に怒鳴ったりしている方がまだしも可愛く思えてしまう程でした。慎吾は携帯を取り出すとボタンを押し、暫くして話し始めました。
「あ、あのさ、和己はこの後オレ確保だから。いーよな?」
そうしてフラップを閉じると手招きします。再び抱きつかれ、「そういう事だから」と言うものの何の事だか分かりません。そもそもこの後も和己には色々と用事があったのでした。
「そういう事って何がだ。一吾さんトコ戻らねーと」
「だから、兄貴と話つけたから」
「オレ何も了解得てないし。お前が良いって言ったって」
「だから、兄貴が『勝手にしろ』っつったんだよ。お前最近ずっと一吾さん一吾さんてウルサイ」
「…いやでも、五時から晩飯の手伝いしねーと」
なおも言い募る和己に慎吾が大きく溜息を漏らします。
「その書類、別に今日じゃなくてもいいんだよ。オレが和己に会えないって、ご飯食べながらぶうぶう文句垂れてたら、兄貴が『分かった』っつったの。だから今日はお前は何も気にする必要ねーんだって」
頭を摺り寄せつつそう言います。和己はようやく合点が行ったものの、後で何か言われないか、そんな我侭通して大丈夫だろうか、といった事を考えてしまうのでした。染み付いた上下関係は中々抜けません。
「和己」
名を呼ばれてはっとします。
「他の事考えんな。今はオレの事だけ考えてりゃいーだろ」
睨まれ、そういえば今はそうするしかないと頭を切り替えようとします。
「大体さぁ、お前休みにせっかく二人になれて嬉しくねーのかよ」
ベッドのある方向に腕を引かれつつ戸に鍵がかかってない事を思い出し、「鍵!」とガラス戸を振り返りました。
「誰も来ねえ」
苛立ちが募ったような声で言われ、「つーか待てねえ」と追い討ちをかけるように慎吾に凄まれ、今度こそ和己は観念したのでした。
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若干(?)島和のように見えますが、ちゃんと和島です。
「和己」
冷たい眼光と差し出された手にふらふら寄りそう和己に、慎吾はのしかかるように抱きつきました。匂いを嗅ぎ、首筋にキスを落とし、うなじを撫で、耳元で囁きました。
「嘘だって。命令とか…」
嘘。嘘。和己は何度か慎吾の言葉を反芻しました。
「お前の部屋に行ったの三日前だろ。でもそん時疲れ果てて殆ど寝てただろ。ろくに触れてねーし、若干イライラきてたんだよ」
身体を離し、顔を見ると、そこにいるのはいつもの慎吾でした。しかし先程の冷たさを帯びた姿がどうにも頭を離れません。舎弟に怒鳴ったりしている方がまだしも可愛く思えてしまう程でした。慎吾は携帯を取り出すとボタンを押し、暫くして話し始めました。
「あ、あのさ、和己はこの後オレ確保だから。いーよな?」
そうしてフラップを閉じると手招きします。再び抱きつかれ、「そういう事だから」と言うものの何の事だか分かりません。そもそもこの後も和己には色々と用事があったのでした。
「そういう事って何がだ。一吾さんトコ戻らねーと」
「だから、兄貴と話つけたから」
「オレ何も了解得てないし。お前が良いって言ったって」
「だから、兄貴が『勝手にしろ』っつったんだよ。お前最近ずっと一吾さん一吾さんてウルサイ」
「…いやでも、五時から晩飯の手伝いしねーと」
なおも言い募る和己に慎吾が大きく溜息を漏らします。
「その書類、別に今日じゃなくてもいいんだよ。オレが和己に会えないって、ご飯食べながらぶうぶう文句垂れてたら、兄貴が『分かった』っつったの。だから今日はお前は何も気にする必要ねーんだって」
頭を摺り寄せつつそう言います。和己はようやく合点が行ったものの、後で何か言われないか、そんな我侭通して大丈夫だろうか、といった事を考えてしまうのでした。染み付いた上下関係は中々抜けません。
「和己」
名を呼ばれてはっとします。
「他の事考えんな。今はオレの事だけ考えてりゃいーだろ」
睨まれ、そういえば今はそうするしかないと頭を切り替えようとします。
「大体さぁ、お前休みにせっかく二人になれて嬉しくねーのかよ」
ベッドのある方向に腕を引かれつつ戸に鍵がかかってない事を思い出し、「鍵!」とガラス戸を振り返りました。
「誰も来ねえ」
苛立ちが募ったような声で言われ、「つーか待てねえ」と追い討ちをかけるように慎吾に凄まれ、今度こそ和己は観念したのでした。
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若干(?)島和のように見えますが、ちゃんと和島です。